1.企業の経営環境
当社は、会員数3,400名を誇る千葉県習志野市を中核とする地域の総合スポーツクラブです。『地域の皆様の「健康な体」、「挑戦する心」、「生きがいづくり・仲間づくり」に運動を通じて貢献する』を社是としています。ソウルオリンピック背泳ぎ金メダリスト、元スポーツ庁長官の鈴木大地を輩出するなど、地域および日本のスポーツ界、健康作りに広く貢献しています。
しかし、今日に至る道程は決して平坦ではありませんでした。人口減少・少子高齢化などの社会的トレンドに加え、コナミ、セントラルなどの大手スポーツクラブやライザップなどターゲットを絞った新興のスポーツクラブに徐々にシェアを奪われ、バブル期では一時4,000名を超えた会員が平成24年には3,000名を割り込み最盛期の半減近くにまで会員数を減らし、ついには平成23年には赤字に転落するに至りました。
その後、「知的資産経営」に取り組み、短期・中長期の戦略を立案するとともに、全社を上げての改善活動に継続的に取り組んだ結果、初年度の黒字転換、3期連続の増収増益を成し遂げました。
2.事業内容
事業は、ジュニアとフィットネスの2つで構成されています。
ジュニア事業は、スイミングと体操よりなりそれぞれ売上高の50%、10%を占めており、かつ高い収益性を上げています。特にスイミングは当社の強みであり当社の売上・利益を稼ぎ出す屋台骨の事業です。
一方、大人を対象とするフィットネス事業は、マシンジム、スタジオ、コンビニフィットネス、スイミングよりなっており、売上高こそ30%を占めるものの、厳しい競合にさらされ、現在も低収益の体質からは完全に抜け出すまでには至っていません。
3.支援前の問題・課題
平成25年当時、社長と始めてお会いしお話を伺った時点では、リーマンショック後の売上の低迷に伴う経営状況の悪化により赤字に転落しており会社の存続も危ぶまれる状態でした。不採算事業の店舗を閉鎖するなど当面の緊急処置を行ったものの、経営状況の悪化に伴う社員の士気の低下は避けられず会社の雰囲気は停滞していました。
金メダル選手を輩出するなどコーチの指導力には定評のある当社でしたが、コーチをはじめ多くの従業員は自信を失っており、社長ご自身も漠然たる会社の問題を認識しつつも、当時の状況を招いた多くの問題の根本原因は何なのか、また具体的にどこから手をつければ良いのか、暗中模索の状況でした。
4.支援内容と経緯
知的資産経営とは、企業の知的資産、つまり「企業の競争力の源泉となる、人材、技術、ノウハウ、知的財産(特許・ブランド)、経営理念、顧客ネットワークなど、バランスシートに直接現れない無形の資産」を明らかにしその強化を図ることで、中小企業の最重要経営資源である「人財力」を高め、結果的に売上と収益性の強化を図る取り組みです。
(1)SWOT分析ワークショップ
知的資産経営の取り組みのはじめとして、幹部社員と丸一日かけてSWOT分析ワークショップを実施しました。当社を取り巻く環境を再確認するとともに、社員が自覚していない当社の知的資産(=強み)に対する気付きを与える事が目的です。
ワークショップでは、今後習志野市の人口は漸減し、特に当社の得意とするジュニア人口が平成24年の2.32万人から30年後の平成53年には1.74万人と25%の減少、逆に65歳以上のシニア人口は3.36万人から4.63万人と38%増加が見込まれることなど、シニアマーケットの重要性を認識した。また、コーチの指導力、当社の地域におけるブランド力とマーケティングノウハウによる集客力を当社の知的資産(=強み)として、改めて再認識しました。
(2)知的資産経営報告書作成
平成25年10月、SWOT分析ワークショップの結果を知的資産経営報告書としてまとめました。報告書では、短期施策としての「地域ジュニア需要の確実な取り込み」による当面の経営原資の確保と中長期施策としての「フィットネス事業におけるシニア需要の掘り起こし」を掲げ経営戦略としました。
(3)PDCAを回す仕組み作り
知的資産経営報告書は作成したものの、PDCAの実践までには1年間を要しました。
社員にPDCAを受け入れる素地が全くないとの社長および幹部社員の判断です。その後、掃除のアルバイトやバスの運転手への知的資産経営報告書の主旨説明・コミュニケーションから着手し、社長が不退転の決意を持って改革に臨んでいることを示し徐々に改革の機運を高めていきました。
平成26年9月、満を持して全社への改革の方針を示すべく、マネジメントの役割分担の明確化と組織変更、月度PDCA会議の創設を経営方針説明会で社長が全社員の前で宣言しました。
(4)PDCAの実践
平成26年10月の新年度よりPDCA活動を開始しました。
スイミング、体操のジュニアおよびフィットネス各部門の業績を月度の入会・退会者数をKPIとして、月度PDCA会議で評価(Check)している。さらに、その問題点を幹部社員間で共有、その要因分析に基づく対応策を決定(Action)、そして部門のPDCA責任者が実施施策の立案(Plan)、実行(Do)し、翌月のPDCA会議でその結果を再度評価するという一連のPDCAサイクルを回し続けています。
また、目標達成のキーとなる部門の重要施策は、それぞれPDCAチェックシートを作成し、A4一枚でPDCAの内容を簡潔に記述することでPDCA会議内および部門従業員間で共有しています。
この様なPDCA活動は、大手企業では常識的な当然の施策であるかも知れません。しかし、中小企業にとっては、会社の中長期の戦略を立案し従業員全体にPDCAを回す動機付けを行い、かつそれを定期的に実施する仕組みと機運を作り上げる事は容易ではありません。
このように知的資産経営は、安易な資本の投入による一時的な業績の向上を狙うのでなく、知的資産(=企業の強み)を明らかにし人財を究極まで活かしきる経営手法です。
6.支援の成果
(1)定量的効果
売上高は支援前の平成25に比べ、13%の増加に数字上は留まっているが、従業員は103名から89名と14名減少しており、一人当たりの生産性で比較すると、全社員平均で31%の生産性向上を達成しました。人財を活かしきる知的資産経営としては誇るべき成果と言えます。
また、その結果として単年度黒字転換を果たした他、支援開始後3年連続で増収増益、特に本業の儲け、営業利益は4100万円の増加、増加率273%達成しました。
(2)定性的効果
①全社員の意識改革の実現
取り組み最大の成果は、社員の意識が変わったことです。自らが主体的に会社・部門・
自身の問題点・課題を発見・認識し改善を実現しようとする企業文化が定着しました。
また、その結果、会社の雰囲気が明るくなりました
②戦略(=企業の進むべき道)の明確化・全社員間の共有
会社としての戦略が明確になるとともに、それが全従業員間で共有されることで、会社
の戦略における自己の日々の活動の位置づけが明確になりました。
③PDCAを回す仕組みの定着
PDCAの月次サイクルが確立し、会社および部門のその時点における業績・問題点・対応
策が見える化されました。その結果、対策をタイムリーに打つことができる様になりました。
7.経営者の声:代表取締役社長 森田 勇 氏
知的資産経営の取り組みを始めて、少しずつですが確実に社員の意識が変わって行くのが分かりました。
これまでは、色々な施策を立案し実行しようとしても、それをやりきることができず途中で頓挫してしまうことがほとんどでしたが、取り組み開始後では、とにかくやり続けるPDCAの効果の大きさを実感しています。年度予算策定時には少しムリかなと思えるような目標設定でしたが、毎年それがクリアーできているのが不思議です。
カイゼンに終わりはないと言います。これからも当社が存続し続ける限り、知的資産経営とPDCAをやり続けようと思っております。